2026.02.28
講演記録①:宮田博文氏「社長の仕事は社員を信じ切ること。それだけ。」
2026年1月22日に開催された「SDGsとその先を見据えた理念経営・共感経済セミナー」シリーズ、第2回「未来の企業価値を決定づける『言語化』と『共感』の実行力」から、宮田博文氏(株式会社 宮田代表取締役社長)の講演内容を全文記録したものです。
2026年1月22日に開催された「SDGsとその先を見据えた理念経営・共感経済セミナー」シリーズ、第2回「未来の企業価値を決定づける『言語化』と『共感』の実行力」(共同開催:一般社団法人日本SDGs 協会/いのち会議/大阪大学SSI車座の会)のなかから、宮田博文氏の講演内容を全文記録したものです。
セミナーの開催記録については、以下の活動報告をご覧ください。
2026年1月22日:2025年度第3回公開セミナー 開催記録
なお、同セミナーでは、以下の2つの講演も行われました。ご参照ください。
講演記録①:堂目卓生氏「共助社会と共感経済――『いのち会議』の理念と活動」
講演記録③:伊藤武志氏「共感経済における企業の取り組みの重要性」
社長の仕事は社員を信じ切ること。それだけ。
株式会社 宮田 代表取締役社長
株式会社宮田運輸 代表取締役会長
宮田 博文 氏
株式会社宮田運輸という運送会社の経営をさせていただいております、宮田博文と申します。
ご縁というのは素敵ですね。伊藤先生とは何年も前に、ご縁をいただいておりまして、いろんなお話をお聞かせいただきました。堂目先生ともご縁をいただいて、つながりがさらにつながっていくことを実感し、すべてがつながっているんじゃないかと感じています。今日のこの場を与えていただきましたことに、感謝申し上げます。
私は、一人の経営者として、また一人の人間として経営と格闘しながら、人に向き合い続けながら、もがきながら、苦しみながら、この場に立たせていただいております。何かを教えるということはできませんが、今日は、自らの経営の実践を共有させていただければと思います。

1:トラックへの情熱と現実
私は大阪から参りました。祖父がボンネット・トラックから商売を始め、今68期目、私が四代目です。私は幼い頃、家が貧しく母親が家計を支えておりました。朝から新聞配達、牛乳配達、製造業と仕事を掛け持ちして、私を大きくしてくれました。親父がトラックに乗っておりましたので、親父の背中を見て育ちました。家の車庫が近くにありましたから、物心ついたときからトラックがめちゃくちゃ好きなんです。この中で一番好きじゃないかと思います。
皆さまも子どものときに夢があったと思いますが、私はトラックの運転士になることが夢でした。トラックは皆さまを支えています。今日(2026年1月22日)も、雪が降っていますね。寒い時も暑い時も、雨の時も雪の時も、国民の皆さんの暮らしやいのちを支え続けさせていただくという使命感の中で、眠い目をこすりながら、トラックは365日24時間、走り続けています。
ところが、トラックのイメージとしては「危ない、怖い」という印象をお持ちの方が多いんです。確かに、いったん事故があればニュースが速報で流れます。やはり、「危ない、怖い」という大変悲観的な印象が強くなるんですね。さらに、そもそもみなさまに関心を持っていただきにくいのがトラックなんです。
しかしながら、お配りしているリーフレットを一枚めくっていただきますと、ちょっとその印象は変わると思います。無関心だったトラック、「危ない、怖い」というイメージのトラックに、少し柔らかい印象をお持ちいただけるのではないでしょうか。私たちのトラックは、背面に子どもたちの純粋な想い、絵やメッセージをラッピングして走っています。
このラッピングは、12年前に自社のトラック1台から始めました。「やさしいきもちがみらいをつくる」という合言葉で、こどもミュージアムプロジェクトと称する一般社団法人を立ち上げました。たった1台から始めたこの活動は今、全国370社にご参加いただき、1,600台になります。その優しい輪が少しずつ日本を越え、中国やタイや、ラオスにも広がっています。

株式会社宮田 ホームページより
2:すべての始まりとなった悲劇
私たちがなぜこの活動をやろうと思ったのか、それは「いのち」であります。
経営者の四代目という立場になったとき、みなでビジョンを語り合い、売上目標を定めました。そうして走り出してすぐ、12年前の8月30日14時過ぎ、一本の電話がかかってきました。それは副社長からの電話でありました。
「たった今、事故があった。トラックとスクーターバイクが接触した」という内容でした。事故にあった方は、寝屋川の病院に緊急搬送されていました。43歳、男性。「分かった、とにかく病院行くわ」ということで、私は電話を切りました。
病院へ向かう途中、私の鼓動はどんどん速くなってきました。大きなトラックとスクーターバイクの接触事故ですから、大変大きな怪我をされてるんじゃないかと心配になりながら、病院に着きました。担当の所長と副社長と合流し、3人でご案内いただいたのが、霊安室でありました。43歳の男性は、息を引き取っておられ、そのご遺体はご家族に取り囲まれている状況であります。扉の外で、私たちはその光景をじっと眺めておりました。
私が恐る恐る差し出した名刺を受け取ってくださったのが、一番年長の男性です。その男性は、亡くなられた43歳のお父さんでした。お父さんは私に向かって、こうおっしゃったんです。「わざわざありがとう」。たった今、自分の息子がいのちを落とし、その息子には小学四年生の女の子がいました。私は、「誠心誠意尽くさせていただきます」と申し上げました。この言葉が届いたか届かなかったかわかりません。そのような気持ちで一礼して、3人でその霊安室を後にしました。
事故を起こした私たちの仲間、彼も43歳、奇しくも同じ年でありまして、男ひとりで、小学校の女の子2人を懸命に育てていました。ただ真面目に、売上のため、お客様のため、会社のため、家族のためにと一生懸命なドライバーです。
事故後は拘束されますから、48時間は面会できないという状況になりました。私たちは彼の娘たちが心配になりまして、今度は家に向かいました。家に着きますと、彼のお母さんが一報を聞いて出迎えてくださいました。お母さんは、私たちに向かって「この度は本当にすいません、すいません」ってずっと謝られるんです。私は、「これは会社が起こした事故ですから、社長である私にすべて責任があります。また彼が警察から出てきたら、今まで通り働いてもらえますから心配いりません」と、そのようにお伝えしました。忘れられない光景があります。私たちが乗り込んだ車を、見えなくなるまでずっと、頭を下げて見送られるお母さんの姿です。この姿が脳裏に焼き付いておりました。車の中では沈黙が続きました。
また明日から誠心誠意尽くさせていただこうと思うわけですが、一人になっても眠れないんですね。幼い時から大好きで仕方がないトラックが、人のいのちを奪ってしまう。私たちの仕事で人を不幸にしてしまう。理念を掲げ、世の中のため、人の役に立つような、そんな立派な会社を作っていこうと毎日言っているにもかかわらず、その会社が人を不幸にする現実を目の当たりにして、どう考えていいかわからなくなったんです。

3:人のやさしさに救われること――「トラックをなくすのではなく、生かす」という発想
そんな中、救っていただいたのは人でした。いろいろな人のやさしさに救われました。大好きなトラックが人を不幸にするなんて、世界中からトラックをなくした方がいいんじゃないかと思うようになったとき、「宮田くんトラック好きやろ、そのトラックをなくすっていうより、生かすって考えたらどうや」、この言葉が私に突き刺さりました。
そうなんです。亡くなられたいのちは戻らないんです、悔しいですが。生かされている私たちのいのちがある。このいのちを生かし合っていく。トラックをなくすよりも生かすって考えよう。この想いに変わった瞬間から、見たり聞いたりするものが、すべて変わってまいりました。すべて、です。
ある経営者から、大阪の工場の構内に安全標語が掲げてあると聞きました。工場の安全標語なんて、「当たり前やろう」と思ったんです。でも、それは違うんですよ、みなさん。
その標語は、そこに勤めてる従業員さんの子どもたちが一生懸命書いたものだということを知りました。「一旦停止しましょう」、「構内速度5km以下」と、同じことを表現していても、子どもが書いたメッセージは心にまっすぐ届くだろうと、直感で思いました。自社もやろう。
しかし、交通事故は一社だけ良くなってもなくなりません。社会を良くしないと、社会全体を良くしないと、交通事故はなくならないんです。どうやって社会を良くするか、思いっきり考えていたところ、ふと自社のトラックの助手席を見ました。そこに、子どもたちがそのドライバーの誕生日に書いた、「パパ、いつもありがとう」という似顔絵つきの手紙が貼ってあったんですね。彼は、それを見てモチベーションを高めている。この子どもたちの純粋な想いを、絵やメッセージを、トラックの中に閉じ込めていてはいけない、運転席に閉じ込めるのではなく、会社の中に留めるのではなくて、社会へ出そう、そう思いまして、絵を大きく引き伸ばし、一台目のトラックの背面にラッピングしました。

4.湧き上がる「良心」が人を変える
たった一枚のラッピングで変わります。何が変わるかといえば、人が変わります。人の何が変わるかといえば、人の心がどんどん変わります。トラックの運送事業の業界は、管理・監視が強化されている業界でありまして、デジタルタコグラフで走り方に点数がつき、ランキングまで出ます。GPSを使ってどこでサボっているのかは一目瞭然、ドライブレコーダーは車内に向けて音声まで拾う時代です。しかし、私たちは、管理・監視では人は幸せにならないと信じています。どんな人の心の底にも、真善美の心が、良心が、利他の心が、やさしい気持ちがあるんだということを信じたいんです。その良心は、子どもたちの何かに触れると、おのずと内発的に、内側から湧き上がってくると信じています。そうすると、洗えと言わなくても、たとえ雨が降っていてもトラックを洗います。走り方もまったく違います。子どもを助手席に乗せて仕事をしている感覚があります。タバコのポイ捨てなんて、やるわけないんですね。トラックも大事にしますし、走り方が優しくなる。
ドライバーの心が変わるだけじゃありません。みなさん無関心だったトラックが交差点に止まってるだけで、おばあさんが手を合わせてくれます。サービスエリアに止まってると若い人たちが駆け寄ってきまして、「写真撮っていいですか」と仰る。煽られることもありません。高速道路を走ってるだけで、追い抜きざまに満面の笑みでご夫婦が手を振ってくださるんです。お手紙もいただきます。「今日、私、仕事でイライラしてました。御社のトラックを見て心が穏やかになりました、頑張ってください」。
コストだと思っていたトラックが、大きな価値に変わる瞬間であります。私たちがものを届けている以上の価値、走っているだけで人を笑顔にしている、人に優しさを届けている。愛の実感を、ドライバー一人一人が得られる。仕事のやり方、働き方、生き方さえも変わっていくんじゃないかと、そんなふうに思っています。
ドキュメンタリー映画を作っていただきました。これ、私たちが作ってほしいって言ったんじゃないんですよ。四年半にわたり密着していただいた、「愛でいけるやん」という、2019年公開のドキュメンタリー映画です。いまは、日本に加え、中国版、英語の吹替版を作っていただいています。
堂目先生にリクエストをいただき、さわりだけですが、映像を見ていただきたいと思います。動いているトラックを見てください。
5:「不安と恐れ」から「希望と夢」の経営へ――「いのち」としての従業員
私がこの事故を起こした。不安と恐れから招いた事故でありました。そこで、不安と恐れで経営するのをやめようと思ったんです。思いっきり「希望」でいってやろう、思いっきり「志」や「夢」や「理想」でやっていこうって決めたんです。そうすると、いろんなアイデアが出てきました。いろんなご縁もつながってまいりました。従業員一人一人が、「いのち」に見えた瞬間であります。「いのち」なんです。「いのち」に見えたら、生産性や効率ではその「いのち」を計ることはできません。その存在だけで、素晴らしいんだ、そういう想いであります。
トラックから始まった活動が、いま、介護施設、デイサービス、送迎車に広がりました。ご利用者さんのお孫さんが書いた絵が、大阪のシティバス、チェッカーグループのタクシー、いろんなところにラッピングされています。
走る物にもとらわれません。薬局の薬袋、薬の袋ですね。「おばあちゃん、元気でいてね」って子どもたちが書いてくれた薬をもらう時、おばあちゃんが涙するそうであります。薬を飲んだ後、その袋が捨てられないということで壁に飾ってあるとお聞きします。
自動販売機は日本中に今235万台あります。この235万台で、企業のアピールはもういいんじゃないでしょうか。これが子どもの描くキャンバスになれば、街が少し変わるんじゃないでしょうか。そんな想いで推進しています。


こどもミュージアム Instagramより
トラックのラッピングももちろんですけども、社内も変えました。「心」で経営しようと思ったんです。
点呼というものがあります。義務付けられていますから、もちろんアルコールチェックや健康状態の把握をしますが、「何かあった時に会社もこういうふうにやってました」というアリバイ作りの感覚でやっていると、ドライバーにはなかなか伝わりません。ですから私たちは、挽きたてのコーヒーを毎朝出します。ただ出すだけじゃありません。プラスチックのタンブラーを買ってきまして、従業員に内緒で家族を集めてタンブラーに思い思いの写真やメッセージを書いてもらうんです。「親父死ぬな」とか、「寝坊するなよ」といったメッセージもあります。それをサプライズでプレゼントします。そして、ドライバーが握りしめる世界で一つのマイタンブラーに、私たちが挽きたてのコーヒーを注ぐ。「会社の看板背負ってるから気をつけていけよ」じゃなくて、「今日も無事に帰ってきてくれな」という願いを込めて、会社と家族が一緒になってドライバーを送り出すのが、私たちの毎日です。
従業員の子どもたちに手紙を書きました。「お父さん、お母さんたちの応援歌を作りましょう。集まってください」。
会社にグランドピアノを買いまして、作詞・作曲してもらった子どもたちの歌声を収録しました。その歌声が、始業9時の3分前から、会社全体に自動的に流れます。子どもたちの歌声に触れると、内発的に心の内側から「よし、今日も頑張ろう」という気持ちが沸き上がってきます。
幹部会議、月次の決算です。これを「みらい会議」という名称で公開しました。パート・アルバイトも自主参加、さらに社内の方だけじゃなくて、社外の方も来てくださるように、今は毎月日曜日にやっています。朝9時からノンストップで3時までです。
数字は確かに見える成果ですが、その数字で詰めることは一切ありません。見えない努力をどう見てやれるか、感謝と承認の場と位置づけています。社外の方もですね、毎月50人というキャパがありますが、限定で公開しておりまして、今キャンセル待ちになっております。もう、社内のことを社内だけで考える時代は終わりになります。多様な方と集まって話ができる、そんな場を作っていくことができればと思っておりまして、私たちも勇気づけられています。

株式会社 宮田ホームページより
みらい会議の詳細とお申し込みはコチラ
6:「人が先」「人を育てる」――人が輝く場所を作る
いろんな取り組みの中で、「心」をベースに経営をしようという覚悟と決意をもっています。できているかできていないかは別です。自分たちがやろうと思ったんです。そうすると、どんどんと広がりが出てきました。いま、業界は人材不足と言われますが、3名のドライバーの募集に、200人の応募があります。そこで僕は、採用基準を先着順としておりまして、「人を選ぶな」って言ってるんですね。
経営の目的が定まったんです。何のために経営するのか、それは、「人を育んでいこう」「人を育てる」ということです。会社のための都合のいい人材を採用して、会社の都合のいい教育をする、会社人を作るということではありません。社会の役に立つ、人の役に立つ、世の中のためになる社会人を作るということが、私たちの経営の目的です。人を作ることが目的なので、人を選ぶなって言ってるんです。どんな人でも、私たちのところへ来ていただいたら、仕事を通じて人間教育しながら生きる目的を高め合っていく。そういう目的を定めています。「人」が先です。

最近、自転車屋さんを始めました。枚方市の、古い小さな町の自転車屋さんです。競輪選手を辞めたドライバーがうちに来てくれて6年経ったんですが、師匠がその自転車屋さんのオヤジさんで、もう75を過ぎたのでお前にこの店を譲りたいんだってことになったわけです。3人の子どもがいますから、家計があります。躊躇していると、私たちの仲間が、「じゃあ会社辞めなくていいんじゃないの」と言いはじめて、うちの会社で今、その自転車屋さんをやっているんです。彼も、うちの会社を辞めずにそこをやってくれています。一人でパンク修理ばっかりやってるんですが、毎月の売り上げが70万ぐらいあります。「人」が先です。
埼玉事業所を作りました。それも、ある男がうちに入りたいって言ってきたことがきっかけです。そのとき、関東に事業所がありませんでしたから、嫁子供と一緒に引っ越しますと言ってきました。「引っ越さなくていい、そこに事業所を作ろう」。彼が生きる場所を作ろうということです。人が輝く場所をどうやって作れるかが、会社だと思っています。ですから、彼のために事業所を作りまして、今20名ぐらいの所帯になってます。「人」が先です。
戦略的にやってることはひとつもありません。人が輝く場所を、どうやって作るかという目的でやらせていただいていると、売上や利益の数字も、おかげさまで社長就任から何倍にもなってます。数字は、追いかけるものではないと思っています。人がどれだけやる気になるかです。現場が数字を作り、現場で数字を作ります。そうやってみて、福島県から福岡県まで14拠点になり、従業員数は350名になりました。いま、30組が親子・兄弟・夫婦で働いています。良い会社の定義条件はいろいろあると思いますが、私たちはその30組が、1組でも多く家族で働ける職場環境をどうやって作っていくかを考えています。
7:ご遺族からの手紙と未来への確信
駆け足でお話しました。こうしたことがいろいろなメディアで取り上げられました。皆さんが「良いことやってるね」って言ってくださいます。ですが、一つ気がかりなことがあります。ご遺族の心情です。どう思ってらっしゃるかなっていう気持ちになっていました。そうしたところに、お手紙を頂戴しました。
亡くなられた男性の義理のお母様、奥様のお母様からです。そのお手紙を、最後にご紹介させていただきたいと思います。
新年明けましておめでとうございます。
先日、NHKニュースで貴社の事故防止の取り組みを拝見しました。会社一丸となっての運動が今、他府県にも広まり、私どもの娘婿の事故がきっかけと知り、私どもも嬉しく思っております。あの時、小学四年生だった孫も中学一年生となりました。朝、元気に「行ってきます」の声を励みに楽しく暮らしております。毎日の生活の中で、今でも婿が、話の中に度々登場します。変わらぬ日々を送っていることをお伝えしたくて、ペンを取りました。放送していただき、私の気持ちに区切りがついたと思います。これからもいろいろなことがあると思いますが、人への感謝を忘れず、3人で暮らしてまいります。
一つ気がかりなことがあります。事故の相手の方には子どもさんがおられると聞いています。奇しくも、婿と同じ年のご主人とそのご家族が楽しい毎日を送られることを切に願っております。
私の心の内を聞いていただきありがとうございました。貴社のますますのご繁栄を心よりお祈り申し上げます。
こういうお手紙を頂戴しまして、不安は確信に至ります。子どもたちの純粋な想いは、被害者、加害者、立場を超えて、また国境を越えて世代を越えてつながりあえるという確信です。交通事故は大きな社会課題ですが、子どもたちと社会課題に取り組むことができる。社会課題を生み出すのは人の心です。その、人の心を作っていくというのが私たちの志であります。この活動を世界に発信してきました。50年先になるか、100年先になるかわかりません。日本から、世界の人類が平和で幸せになるような、そんな世の中を目指しています。
今日は本当に貴重な場を与えていただきましたことを感謝申し上げます。ありがとうございました。
