2026.02.28
講演記録②:堂目卓生氏「共助社会と共感経済――『いのち会議』の理念と活動」
2026年1月22日に開催された「SDGsとその先を見据えた理念経営・共感経済セミナー」シリーズ、第2回「未来の企業価値を決定づける『言語化』と『共感』の実行力」から、堂目卓生氏(大阪大学総長補佐)の講演内容を全文記録したものです。
2026年1月22日に開催された「SDGsとその先を見据えた理念経営・共感経済セミナー」シリーズ、第2回「未来の企業価値を決定づける『言語化』と『共感』の実行力」(共同開催:一般社団法人日本SDGs 協会/いのち会議/大阪大学SSI車座の会)のなかから、堂目卓生氏の講演内容を全文記録したものです。
セミナーの開催記録については、以下の活動報告をご覧ください。
2026年1月22日:2025年度第3回公開セミナー 開催記録
なお、同セミナーでは、以下の2つの講演も行われました。ご参照ください。
講演記録①:宮田博文氏「社長の仕事は社員を信じ切ること。それだけ。」
講演記録③:伊藤武志氏「共感経済における企業の取り組みの重要性」
共助社会と共感経済――『いのち会議』の理念と活動
大阪大学総長補佐/社会ソリューションイニシアティブ(SSI)長
堂目 卓生 氏
私の方からは、前回に続きまして、「共助社会と共感経済」についてお話しいたします。「近代の社会観を超えて目指すべき社会と経済」というテーマで、繰り返しになる部分もありますが、初めての方もおられるので、もう一度お話しします。

1:近代社会の基本構造
私は、近代、つまりこの200年から300年のあいだに世界で何が起こり、どのような考え方が根付いたのかを研究してきました。近代において私たちが作った社会像を簡単に示すとどうなるか。私たちが「社会」と聞いて何となく思い描く像は、次のようなものだと思います。

社会の真ん中には「有能な人」がいる。ここで言う「有能」とは、財・サービス・知識の生産に貢献できることです。これは当たり前のように思えるかもしれませんが、実は当たり前ではありません。人類史の長い時間のなかで、生産することに価値が置かれるようになったのは、この200年ほどのことだからです。古代ギリシアのアテネでは奴隷制度があり、生産を担うのは奴隷でした。日本でも士農工商の序列があり、生産を担う農工商は社会の下位に置かれています。中世ヨーロッパでも、上位に位置づけられていたのは聖職者です。財・サービス・知識の生産に貢献する人が社会の中心にいるという構造は、近代の特徴なのです。
こういった人々は社会の真ん中ではなくて、脇の方に追いやられています。もちろん、放っておかれるわけではなく、「有能な人」が生産する財・サービス・知識の分配を受けることになります。したがって、あくまで“受ける人”なのですね。また、最近、包摂・インクルージョンという言葉がよく使われますが、誰が誰を包摂するかは決まっています。弱者が、「有能な人」に包摂される、つまり仲間入りをさせてもらうわけです。「有能な人」は変わらなくていいのです。何も変わらなくていい。「弱者」に対して、自分たちみたいに「できる人」になりなさいと言う。子どもは「立派な大人になりなさい」、お年寄りは「社会に迷惑をかけないように」、障がいや難病を抱えている人も「頑張って生産に貢献してください」と言うのです。この図で、みんな青色になりなさいというのが包摂なわけです。これでいいのかというのが、私の想いです。私は、「弱者」は「有能な人」から一方的に受けるだけの人ではないということを、経験を通じて気づかされました。
2:共助社会
近代社会では、生産性と効率性が重視されがちです。「とにかく、物を作らなくてはどうしようもない」、「結果を出さないとダメだ」と思い込む。先ほどの宮田会長のお話でも、最初の頃はそうだったということでしたね。ところが、宮田社長が考え直したように、私ももっと違う社会を考えていくことができるのではないかという考えに至りました。
私が求める社会は、真ん中に助けを必要とする「いのち」を置く社会です。「弱者」と呼ぶのではなく、病気であるとか、被災したとか、たまたま助けを必要とすることになった「いのち」として捉えるのです。「いのち」としたのは、人間だけではなく人間以外の生き物を含めたいからです。地球自体も「いのち」と見立てれば、助けを必要とする「いのち」だと考えることができます。
私が目指す社会では、助ける手段をたまたま持っている青色の人、例えば、健康である、家がある、財産がある、地位があるという人たちは、真ん中に陣取って、自分たちは変わらずに、助けを必要とする「いのち」に対して自分たちみたいになりなさいというのではなく、むしろ周辺に退き、助けを必要とする「いのち」のところに行って手を差し伸べる。さらに、一方的に助けているのではなく、同時に助けてられていることに気づく。この点が重要です。助けを必要とする人が一生懸命生きていること、その輝きに触れ、自分が万が一助けを必要とする状態になっても輝いて生きていけるという気づきを与えてもらう。こういう助け合いの関係が、助ける側と助けられる側にあるということに気づいている社会、これが私が目指す共助社会です。

図には、青色から黄色への矢印と、黄色から青色の矢印がありますね。青色から黄色の矢印は、昨日まで助ける側にいると思っていた、何かあったら助けようと思っていた人たちが、今日突然助けを必要とすることになることを示します゜。私たちは、このことを、新型コロナウイルス感染症で、世界同時に経験しました。このことは、新型コロナウイルスだけでなく、地震などでも同じです。昨日まで普通の生活をしていた、何かあったら助ける側だと思っていたけれども、突然地震が来て、避難所の生活をしないといけなくなる、助けてもらわないと生きていけなくなる。ガザでも、ウクライナでも同じことが起こりました。そこには、普通の生活があったんです。何かあったら助けよう、奉仕しようと思っていた人たちが、助けを必要とすることになったのです。
反対に、黄色から青色に変わることもあります。助けられた人が、今度は助ける人になる。昨年、阪神淡路大震災30年でした。6千人以上の人が亡くなりました。4万人が怪我をしました。家が10万棟以上倒れました。しかし、このような数字でまとめられる背後には、一人ひとりに物語があります。大阪大学では、そうした人々の「語り」を調査をして、蓄積しています。被災者全員が仮設住宅から出て家に住んだから社会課題は解決だというわけではなく、個人は被災の物語をずっと引きずっているんですね。助けようと思ったけど、助けられなかった。もう一度探しに行けばよかったんだけど、行かなかった。こういう後悔の物語が、たくさん出てきます。そして、調べていくと、そういう人たちの中から、2011年の3.11の時に今度はボランティアに行った人がいることが分かります。
被災地では、津波に子どもをさらわれた、おじいちゃんをさらわれた、なぜあんなところに置いといたんだろう、なぜもう1回行かなかったのだろう、なぜあのまま行かせてしまったんだろう…そうした、こうすれば良かったのにという後悔が、ずっと語られている。そういうところに関西から、かつて同じ状況にあった人が行って、語り合うのですね。「自分も死にたいと思ったんだけど、助けられて生きてきた。あなたも生きていいのです」と語る。文通が始まることもあります。「あなたのおかげで少し生きる気力が湧きました」という手紙を受け取る。よかったと思う。どっちがどっちを助けているのか、わからないですね。
先程の宮田会長のお話も同じですが、こうやって社会課題の現場には助け合いがたくさんあるんです。私は、ないものを作りましょうと言っているのではなく、すでにあるものにもっと注目して、それを土台に社会を作り直しましょうと言っているのです。私たちの社会には、作り直すための素材がたくさんあるということです。
日本だけでなく世界もこのことに気づいています。その一つがSDGsです。「誰一人取り残さない」を謳っています。これは、取り残されている人、取り残されている「いのち」から考えていきましょうという世界全体の約束事として捉えられるのではないでしょうか。
また、大阪・関西万博も「いのち輝く未来社会のデザイン」をテーマとしていました。これは、輝いていない「いのち」、輝きを阻まれている「いのち」を中心に考えましょうということではないでしょうか。万博では、6ヶ月間、平和の中、大屋根リングの中で、テロもなく、多くの人びとがお互いの国のパビリオンを訪問し合いました。「いのち輝く未来社会のデザイン」を志した万博だったと言えると思います。

3.共感経済
では、今日の話の中心に移りましょう。こうした共助社会を経済がどうやって支えるのかという問題です。理想的な社会を支えることは、民間企業にはできないんじゃないか、営利が先に立ってしまうからできないのではないかとよく言われます。しかし、そんなことはありません。そこで、私が考えているのが、「共感経済」です。

共助社会は、助けを必要とする「いのち」を中心にします。潜在的に私たちはみんな助けを必要としているので、ここでは「いのち」と書いています。これを助ける器は3つあり、ひとつが左側の中央政府や地方政府です。次に民間企業です。そして、もうひとつが中間組織で、NPOやNGO、大学などがこれにあたります。これらの組織体を通して、「いのち」を支えるわけです。
図は民間経済の場合を表しています。日本のGDPはほとんど民間企業が生産しています。ところが、その民間企業も支えられているのですね。誰によって支えられているかというと、一つは投資家です。投資家はお金を融通して企業を支えます。では、共感経済では投資家はどこにお金を融通するのかというと、収益率が高いところだけでなく、「いのち」を支えているところです。「いのち」を支えていることがちゃんと見えれば、そういう会社に優先的に資金を回そうとします。これを、ESG投資と呼びます。
次は労働者です。働く人は、初任給が良くて環境がいいところに就職したいと思うものですが、それだけでなく、何をやっている会社なのか、う社会にどう貢献してるのかを基準に職を選びます。。ですから、いい人に来てもらうためには、社会への貢献が可視化されなければなりません。最後に消費者です。私たちは何を基準にものを買うのかといえば、普通は安くて質の良いものです。しかし、共感経済では、それだけではありません。サプライチェーンにおいて自然にどの程度の負担をかけているか、社員さんがどんな扱いを受けているか、地域住民にはどんな影響があるのかといったストーリーがわかれば、少し高くても、こうしたことにきちんと対応している企業のものを買いたいと思う消費者になれるかもしれません。
こうしてみんなが応援すれば、「いのち」を支える企業が生き残る確率が高くなります。「いのち」を支えることにコストをかけて内部化することは、一次的には不利なんだけれども、応援団がいれば生き残ることが可能です。今日も、楽天の方がこの会場にいらっしゃっていますよね。同じような商品が楽天市場にあるのに、環境認証して少し割高になったものがある「アースモール」*もあって、そこで実際に買う人がいまいよね。
宮田運輸さんにも応援団がいるのだと思います。高いか安いかじゃなくて、本当にその会社のものを買いたい、使いたいかという人たちが現れる。こうした実例が、出始めています。ですから、不可能ではないのです。
*アースモール:「EARTH MALL with Rakuten」は、サステナブルな商品に特化したインターネットショッピング・モール兼オンラインメディア。楽天グループ株式会社の主力事業である「楽天市場」の中に設けられており、国際フェアトレードや有機JASなど、12の国際認証に基づいて厳選された商品を扱っている。詳しくは、ホームページを参照。
4.「いのち会議」の活動
ここからは、いのち会議の活動について簡単に報告いたします。
大阪万博が決まり、大阪大学、関西経済連合会、大阪商工会議所、関西経済同友会が発起人になって、いのち会議を立ち上げました。何をするかというと、まず「いのちの声を聞く」ことです。先ほどの図の黄色のところに位置する、助けを必要とする人たちの声を聞く。声を聞かないでアクションすると、自分たちの思い込みで動いてしまいます。誰が何をしてほしいのか、何に困ってるのかという声を聞くことが一番大切で、一番難しいことです。JICAの協力を得て、海外の子どもたち1,000人くらいにアンケートをとりましたが、やっぱり本当の声、声なき声をまだ聞くことができてはいません。しかし、それでも続けていきたいと思います。


次にアクション・パネルです。今度は、手段を持っている人たち、企業や研究者、大学、NPOや行政など、様々な人たちとやれることを議論してきました。それを全部言葉にして、「いのち宣言」を作りました。スライドの左に写っているのが、大阪での様子です。12のテーマに分かれて100回以上アクション・パネルを行いました。宮田会長にもお越しいただきました。そして、立場は違うけれども目指す方向を共有できる方々、「いのち」の意味をよく理解し、感じ取ることができる方々135人に、103のアクションプランを書いていただきました。宮田会長が今日お話くださったことも含まれています。
昨年の10月11日に「いのち宣言フェスティバル」を開催し、「いのち宣言」を世界に向けて発信しました。万博のフェスティバルステーション、350人のホールが、常時満席でした。


5.メアリー・マッカリースさんのメッセージ
実は、この「いのち宣言」の簡易版の英語版を4月に出したところ、海外に持って行ってくれた方がいました。それをご覧になって感銘を受け、メッセージを寄せてくださった方がおられます。メアリー・マッカリースさん、アイルランド共和国の前大統領です。

アイルランドは、北側がイギリスで、南側は独立した共和国です。北の方にはプロテスタント系の方が多く、南はカソリック系の方が多く、かつては内乱やテロが続きました。マッカリースさんは北アイルランドの方、つまりイギリス国籍で生まれるのですが、アイルランド共和国の市民権も持っていました。そして、1997年から2011年まで14年間、北アイルランド出身者として初めてのアイルランド共和国の大統領に選出されました。
大統領としてまず彼女がしたことは、「ケルトの虎」と呼ばれる経済成長でした。いまアイルランドの経済は大変調子がいいです。次にしたことは、「架け橋を築く」をテーマにした和解です。イギリスとアイルランドの和解を進め、戦後初めてエリザベス二世をアイルランド共和国に連れて行くことを実現しました。
現在は、「聖なる日常/Sacred Ordinary」、つまり日常生活の中に“sacredness”、「神聖なもの、尊いもの」があるんだということを提唱し、人間と地球のいのちの尊さに根ざした新しい世界のあり方を追求しています。
私たちがメアリー・マッカリースさんを見つけたのではありません。彼女が「いのち宣言」を見つけてくれたのです。最初は万博に来ると仰っていたのですが、来られなくなったのでメッセージ動画を送ってきてくださいました。これをご覧ください。
書き起こし
Hello. Let me introduce myself. My name is Mary McAleese. I’m a former President of Ireland. I’m currently Chancellor of Trinity College in Dublin.
I know that I’m in the company of friends, the company of people who understand the urgent need we have to find collaborative ways of encouraging our world away from the default position of war, the default position of hatred and enmity, to a world that embraces the Inochi principles, a world that embraces the sense of the sacredness of every human being, the sacredness of the Earth, and how interlinked those two are. So I know I’m in the company of good friends, because when I read the work of the Inochi Declaration, my heart absolutely soared, realizing here are people on the other side of the world trying to do exactly the same thing that some of us are doing on this side of the world which is to address the existential crises we face, the poly-crises, the push towards violence, the push to war, the push to unfortunately remain incredibly careless with our Earth and all its beauties.
So We on for our part, we have been working very strongly together to produce an idea – a simple idea that can be offered to every child that’s born, into whatever religion or no religion, an idea that transcends religions, an idea that can embrace and link the worlds of the spiritual, the religious and the secular. Because that idea is a very simple one that we are all, every one of us, sacred. Our Earth is sacred.
Those two things are interlinked, and with them comes the realization that I can be fully respected and fully equal as a human being, as can you. But your equality and my equality are interlinked. I have no right to look at you and say you are less equal than me, because if I do, you can reciprocate. But if I offer – if I total respect to you – that’s a good way for us to live. And if we both together respect our Earth, that’s a good way to live.
And that’s what our work on the Sacred Ordinary is about. It’s about creating a new default position for the world: a default position that is independent, in many ways, of history and enmities and violence and wars, but rather is trying to create a new structure, a structure in which the world will become a place full of kindness, empathy, compassion, gentleness, decency, kindness, a place of care for the other and for the Earth. Exactly, the Inochi principles and the Inochi Declaration. That’s it. We are carers for one another. Thank you.
翻訳
皆さま、こんにちは。自己紹介をさせてください。私は、メアリー・マッカリースと申します。アイルランド共和国の前大統領であり、現在はダブリンのトリニティ・カレッジの総長を務めています。
今、私は心の底から「友人たちの中にいる」と感じています。戦争が繰り返され、憎悪や敵意が渦巻く世界から、どうすれば人類を導き出し、解き放つことができるのか――その切実で緊急な課題を理解し、ともに立ち上がろうとする人びとと今ここに集まっているからです。私たちは、「いのち」という概念を深く尊び、すべての人間の尊厳、そして地球そのものの尊厳を守り、それら2つがどれほど深く結びついているかを、世界に示そうとしています。私は、ここに良き友人たちがいると知っています。「いのち宣言」を読んだ時、私の心は喜びで震えました。世界の反対側に、私と同じように、同じ志をもって活動している人びとがいる。その事実に気づいたからです。私たちが直面しているのは、生存に関わる危機であり、複合的な危機であり、暴力や戦争へと押し流され、そして残念ながら地球とその美しさに対して無頓着でいようとする傾向です。
私が掲げるのは、たったひとつのシンプルな考えです。それは、どんな宗教に生まれたこどもにも、宗教を持たずに生まれたこどもにも贈ることのできる考えです。宗教や文化を超え、精神の世界、宗教の世界、そして世俗の世界を結びつける考えです。その考えとは――「私たちは皆、聖なる存在である。地球もまた聖なる存在である。」ということです。
これら2つは切っても切れないつながりを持ち、それを理解することから次のような気づきが生まれます。「私は人間として無条件に尊重され、平等に扱われるべき存在であり、あなたもまたそうである」と。あなたの平等と私の平等は、切り離せないのです。私はあなたに向かって「あなたは私よりも劣っている」と言う権利などありません。もしそう言えば、あなたもまた同じことを私に言うでしょう。反対に、もし私があなたに全面的な尊敬を捧げるならば、それは私たちが共に生きるための素晴らしい道となるでしょう。そして、私たちが共に地球を尊重するならば、それもまた私たちの未来をひらく素晴らしい道となるでしょう。
これこそが、私が取り組んでいる「聖なる日常(Sacred Ordinary)」の本質です。それは、世界の「新しい当たり前」をつくり出すこと。過去の歴史や敵意、暴力や戦争から自由になった、新しい基盤を築こうとすることです。その基盤の上に築かれる世界は、優しさ、共感、思いやり、柔らかさ、良識、そして他者と地球への深いケアに満ち溢れるでしょう。まさに「いのち」という概念、そして「いのち宣言」が示す世界そのものです。
これが私のメッセージです。互いに、ケアし合う存在になりましょう。
6.今後の活動
6.1:SDGsの次のゴールへ
2025年10月11日にフェスティバルを行いました。その動画をご覧ください。
こうして無事に「いのち宣言」を出すことができました。しかし、それで終わりではありません。2030年まであと4年、現在のSDGs達成率は18%です。これを少しでも引き上げる必要があります。また、次のゴールが2030年に国連で作られるはずです。今は、逆風が吹いてますけど、次のゴール何としても作らないといけません。「いのち」という言葉を使うかどうかは別として、「いのち」という視点から、これまでよりももっと多くの人びとが参加する形、ボトムアップの形で、最初から自分事(じぶんごと)のゴールを作っていく必要があります。「いのち会議」は、日本SDGs協会と一緒になって、JICAやメアリー・マッカリースさんとも協力しながら、国連に向かってインパクトを与えていきたいと思っています。

6.2:東京での活動―― 2026年3月30日のシンポジウム
「いのち会議」は大阪発・関西発ですが、これからは、東京にも輪を広げていきます。そのための重要なイベントが、2026年3月30日のシンポジウムです。「共通善の経済・経営へ――知識創造、共感経済、共助資本主義による実現」と題し、東京大学の伊藤国際学術研究センター・伊藤謝恩ホールを使わせていただきます。3月30日の14時30分から17時30分の3時間シンポジウムを行い、その後、交流会もあります。主催はいのち会議とSSI、後援は経済同友会、共助資本主義の実現に向けた大学連合です。
3つのセッションがあります。セッション1は「共感に基づく知識創造経営」ということで、ここには宮田会長にも来ていただきお話していただきます。それからセッション2は「企業・市民社会・大学の協働による共感経済の構築」ということで、伊藤先生にも入っていただいています。セッション3は同友会が進めている「共助資本主義が開く未来」について議論することになっています。


それぞれのセッションは、先ほどお示した図と関係しています。
セッション2はそれをどうやって支えるのか、何をどう評価し、投資家・労働者・消費者が応援していくのか、そのための指標づくりはどこまで進んでいるのか、ということがセッション2で論じられます。
セッション3は企業活動を民間企業だけに任せるのではなく、中間組織がどう協力していったらいいのか、あるいは行政がどう関わっていったらいいのかを議論します。 以上、お話ししたことは、単なる理想論や綺麗事ではありません。実際に実践している人がいる、ムーブメントは始まっているということを、今日ご理解いただけたと思います。あとは、やるかどうかの問題です。覚悟を決めてできるかどうかの問題だと思います。この動きを盛り上げて、みなさまと一緒に進めていければと思います。

本日は、ありがとうございました。
2026年3月30日 シンポジウムの詳細および申込みは、こちら